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山谷騒動

山谷騒動

 「山谷」が全国的に認識されるようになったのは、昭和35年8月1日の暴動からである。その夜8時から翌朝にかけて、ドヤの番頭と宿泊者のケンカに対する処置をめぐって、約400人が7月にできたばかりのマンモス交番をおそい、投石暴行により17人が検挙され、66人が負傷した。
 さらに8月3日から8日にかけて、酔っぱらいの取扱を巡って、延6,000人がマンモス交番に押し掛け、投石暴行により23人が検挙され、19人の負傷者が発生した。
  こうした騒動は、社会問題として新聞などのマスコミに大々的に取り上げられることになった。