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授産室

授産室

授産室は、昭和37年(1962)6月、山谷福祉センターの開設に伴って設置された。城北福祉センターの開設により、定員が20名から45名に増員されるなど、事業を拡大した。しかし、パートタイマーの仕事の増加や、都営住宅への転居などにより、利用者が減少し昭和61年3月31日で廃止された。

106頁  【授産事業と私の思い出】
私は、民生局の北部授産の指導員として働いていました。ある日、上司から荒川区に新たに開設された山谷福祉センターで授産事業を開始する話があった。それは、「授産の対象者は、山谷地域の簡易アパートや簡易宿所(通称ドヤ)に居住する人達で、利用定数は15名位で、指導員は2名体制で、大変でしょうが、反面やりがいのある職場です。転勤をしていただけませんか」と言うことでした。
 私は、即答できず「一晩考えさせてください」と言って、家に帰り考えて、転勤することを決めました。
 山谷福祉センターへ転勤しました。利用者の方々と仕事を始めましたが、単純に仕事の指導と言うだけでなく、利用者の多くが、その日暮らしの生活を長年に渡って続けているため、日払いの賃金を一夜にして使い果たすこと、乳幼児を連れて通ってくる人等もあり、指導員が乳幼児を背負っての指導や、生活面での金銭管理や、夫婦喧嘩の仲裁、更に売春問題を起こす人への対応を含んだものでした。これらの問題への対応は、あるときは婦人相談員との連携により日夜にわたる指導により問題解決に当たった思い出がありました。
 昭和40年(1965)年11月に城北福祉センターが開設されるにあたり、授産事業は4階に移転するとともに、利用者定数も大幅に増え、職場環境も良くなり、それに併せるように今までの苦労が実ったのか?、利用者の人達の仕事振り、生活面でのトラブル等も減少していきました。
 このことは、私にとって大変良い経験になりました。現在は、この経験を参考として、山谷マックで働いております。
W.T.(昭和40~54年度 福祉課福利係在籍)