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2008.06.30

*3時紹介

センターでは利用者のみなさんに対して無料職業紹介を月~金曜の平日、朝6時半及び午後3時からの1日2回行っています。新設住宅着工総戸数が9ヶ月連続で減少(平成20年3月現在)する厳しい環境の建設業界は求人もおのずと激減する中、先週の3時紹介では水、木、金曜日の3日間連続して約30人程の求人があり、寄せ場も大いに賑わいました。求人先の中には各日15名の募集を出していただいた事業所もあり、不足を生じないように事前告知をすることで、すべての求人を充足することができました。日雇い労働者のみなさんにとってはまだまだ厳しい労働環境の日々が続くと思いますが、今日の仕事が明日につながると信じて頑張って欲しいものです。Photo_2 Naka Tasuu Deru 画像は左から①寄せ場で求人看板を見つめるみなさん、②窓口の中で対応する職員、③求人の事前告知、④紹介状を受取って寄せ場を出る方、です。

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2008.06.26

*上野恩賜公園 その3

公園での視察を終えた後に、路上生活を余儀なくされていた方々に就業支援事業を行っている団体(国、東京都、特別区、NPO等が参画)「東京ジョブステーション」に立ち寄りました。昨年までは当センター分館3階に東部事務所を構えていましたが、現在は東上野に移転して活動しています。見学中にも入れ替わり立ち変わり、仕事を求める方々が求人ファイルを検索したり、相談・カウンセリングを受けていました。東京ジョブステーションが利用者の働く意欲をはぐくみながら、自立に向けた第一歩をサポートするミニハローワーク的機能を果たしているのがわかります。HPでもご参照いただけます。http://www.tokyo-js.jp/info/画像は事務所(ビルの2F)と入口、求人票の掲示 一覧です。Photo_10 Job_5 Photo_11

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2008.06.25

*上野恩賜公園 その2

公園の面積は62万㎡余りで、規模・景観・施設面から見ても我が国有数の都市型公園として整備されています。史跡や美術館・博物館、動物園が立ち並び、各種施設も充実して都民の憩いの場となっていますが 、その中には野球場もあります。明治時代を代表する文学者の一人である正岡子規は日本に野球が導入された時期からの熱心な愛好家で、喀血(かっけつ)するまで捕手として上野公園内で野球を楽しんだそうです。子規の雅号には幼名の「升(のぼる)」にちなんだ「野球(の・ぼーる)」という号がありますが、野球用語を数多く翻訳して、その功績により野球殿堂入りを果たしました。Photo_2Photo_3Photo_4 Photo_6 (窮屈そうな姿勢で憩いを取る方も)

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2008.06.24

*上野恩賜公園 その1

平成20年度のセンター紹介による高齢者特別就労は、5月12日より道路清掃が2ヶ所、5月26日より公園清掃が3ヶ所、計5ヶ所において現在1日あたり計150名が輪番就労に従事しています。また、職員による現地視察も同時並行して行うことにより、就労内容の把握に努め、より適切な相談業務を遂行する一助としています。今回ご紹介する上野公園恩賜公園は徳川三代将軍家光が天海僧正に命じて寛永寺を建立させ、ほぼ全域が幕末まで寛永寺の旧境内でした。 Photo_9 Photo_10 Photo_11 画像は順に公園内の一角にある作業待機所兼倉庫と、東京国立博物館前の噴水広場で芝の清掃保全作業に従事する労働者の方々です。

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2008.06.20

*労働出張所にて その4

深川労働出張所を視察した後、すでに更地となっている高田馬場労働出張所跡地に歩を進めました。場所はJR高田馬場駅から山手線ガード沿いに新大久保方面へ歩いて10分程の百人町4丁目にあり、1960年代には山谷と並ぶ「寄せ場」となりましたが、日雇市場の衰退と共に労働者は減少の一途を辿りました。簡易宿所(ドヤ)は業態変更しながらも、未だ複数残っているそうです。百人町からガード下をくぐり、諏訪通りを直進すると明治通りに通じて、6月14日に開通した副都心線「西早稲田駅」が目の前です。Photo Photo_5 Photo_6 Photo_8 画像は在りし日の出張所と現在の更地、諏訪通りに抜けるガード下拡張工事の様子、真新しい西早稲田駅です。

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2008.06.18

*深川にて その3

深川では各地の産物を江戸に運ぶために旧中川から隅田川を結ぶ人口河川が開削されており、現在でも縦横に水路が走っている地域です。労働出張所のある森下駅から清澄通りを南に下ると人口河川のひとつ小名木川に出ます。周辺は人気の高い飲食店が軒を連ね、漫画「のらくろ」の作者ゆかりの地にちなみ「高橋(たかばし)のらくろード」という名物商店街もあります。のらくろは孤児である野良犬『黒吉』を主人公にして犬の軍隊で活躍するお話ですが、戦前戦後の時期には熱狂的な人気を博し、現代のキャラクター商品の元祖とも言えるでしょう。Norakuro Photo_2 Photo_3 Photo_6 また高橋のらくろードの横道から垣間見える深川小学校の看板には何とも言えぬ重みがあります。画像下は清澄通りを清澄白河方面へ向かう橋の上から見た新小名木川水門と東の大横川方面に延びる小名木川親水テラスです。

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2008.06.13

*労働出張所 その2

労働出張所のある深川は、江戸時代初期に湿地帯であった地区を開拓して門前町として発達した地域です。東京湾に接しているため木場が置かれ、商業的にも繁栄し、滝沢馬琴(曲亭馬琴)や松尾芭蕉、平賀源内などの著名人も居住して、町人文化が花開いた町でもあります。忠臣蔵で有名な吉良屋敷もこの地でした。「いなせ」は魚河岸が発祥でしたが、「粋(いき)・意気」は深川から火消しの人々に対して用いられたようです。洗練された身なりや振る舞いが格好良いとされ、人情に通じ、遊び方を知っているという江戸特有の美意識を象徴している言葉です。PhotoPhoto_5   Myouga  画像はマンション群の中にポツンと取り残された一杯飲み屋、いまだ残るドヤの「大江戸荘」、木の看板が昔を彷彿とさせるビジネスホテルです。

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2008.06.11

*いなせと稲荷

  初夏が訪れると、同時に祭りの季節となります。センターのある台東区日本堤でも8日(日)に『玉姫稲荷神社祭礼』が行われ、お神輿が街中を練り歩きました。半纏を纏い、褌姿の担ぎ手は「イナセ」そのものでした。いなせとは、粋で勇み肌(男気のある気風)、さっぱりしている様、またはそんな気風の若者を指す江戸ッ子の言葉です。語源を調べると「いなせ」は江戸日本橋魚河岸の若者の間で流行した髷(まげ)に由来し、その髷が魚のイナ(ボラの幼名)の背に似ていることから「鯔背(イナセ)銀杏」と呼ばれたものです。そこから魚河岸の若者のように、粋で勇み肌の者が「いなせ」と言われるようになりました。

一番下の写真は子供みこしの様子ですが、街の将来を担う未来の<いなせな若者・粋な娘さん>候補が歓声を挙げる姿に微笑ましさを感じました。P6080057_3 P6080031_3 P6080073_3 P6080019_3

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2008.06.10

*労働出張所 その1

社会情勢、就業形態、雇用環境のめまぐるしい変化と共に、日雇労働者のハローワークとも言える労働出張所も、統合・廃止が進んでいます。18年度末には高田馬場出張所が業務を終え、新宿職安に統合されたことにより、23区内では玉姫(台東区)、河原町(足立区)、深川(江東区)の三ヶ所だけとなりました。日雇市場の衰退はドヤと呼ばれる簡易宿所群にも業態変換をもたらし、わずかに残るドヤが『寄せ場』の雰囲気を感じさせます。。。Photo Photo_5Photo_3 Photo_4「都営新宿線」森下駅から新大橋通りを菊川方面に進むと、右手路上にビジネスホテル群が現れ、ツタで覆われた古色蒼然の深川労働出張所が見えてきます。午後の時間帯ということもあり、寄せ場内に労働者の姿はありませんでした。出張所の真正面に建つドヤによって、かろうじて、ここが寄せ場なのだと実感させてくれます。

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2008.06.04

*ひぐらしの里

日暮里駅は南千住駅と同様に、平成12年度から始まった駅前再開発事業が21年度中の完成を目指して進行中です。「日暮里・舎人線」は今年の3月30日にすでに開通し、東口駅前周辺は大きく変わろうとしています。かって江戸期では日暮里は新堀(にいほり)という地名で、台地になっているため、風光明媚な行楽地として親しまれていました。やがて享保の頃から「1日中過ごしても飽きない里」と言う意味を重ねて「日暮里(日暮らしの里)」の字が充てられ、正式の地名に。。。

生地や雑貨、駄菓子などの問屋街として賑わい発展してきた人情溢れる下町・日暮里駅前再開発は、その名も「ひぐらしの里」プロジェクトとして再活性化をめざし、新しいまちづくりを進めています。Photo Photo_4 Photo_5 Photo_6 画像は左上から①中央地区「ステーションガーデンタワー」高さ153m、地上40階、②西地区「サンマークシティ日暮里ステーションポートタワー」高さ94m、地上25階、③北地区「ステーションプラザタワー」高さ140m、地上36階、平成21年度完成予定、最後は日暮里・舎人線です。

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2008.06.02

*川の向こうには・・・

センターと南千住駅の間を走る明治通りを東方向に進むと隅田川にぶつかり、ここに架かる白鬚橋を渡ると墨田区に入ります。その隅田川下でテント生活を続けていた元日雇労働者で、センターを利用していた方が老齢と持病により生活保護を申請し、墨田区のアパートを生活の拠点としたので生活ぶりを確認するため、職員がアパートへ訪ねることになりました。お伺いすると、とても喜んで頂いて、昔話に花が咲きました。若い頃は鳶職人として全国を飛び回っていたそうですが、今は毎日のように病院通いを続けながらも、好々爺といった感じでした。SuizinnPhoto Photo_4 1_2 1_3 画像は白鬚橋から水神橋を臨み、右手対岸が墨田区になります。 アパートは鐘ヶ淵から路地を入ったところにあり、黒電話が昭和の懐かしさを感じさせてくれました。

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