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2008.02.22

*下町まちしるべ その2

「音無川と日本堤」 音無川は王子で石神井川からわかれていました。その昔、清流は三ノ輪橋をくぐり、浄閑寺の西側にそって、山谷掘をへて隅田川にそそぎました。音無川にそって三ノ輪橋から昇天町(現浅草7丁目)まで続く土手を日本堤(吉原土手)といいます。安藤広重の『名所江戸百景』(上段右の画像)に描かれた堤も今はありません。浄閑寺前の三叉路の最も南よりの道路がその名残です。Photo_5 Map 2_2 Asakusaedo Photo_6 Photo_7 Photo_8 現在の地図と江戸時代絵図(1850年前後)を並べてみると絵図では音無川が一番上32に、真ん中26には新吉原、33の三ノ輪町から25の山谷堀にかけて日本堤が描かれています。画像下段左は説明文にある三叉路、中央が浄閑寺正門、一番下が投込寺と云われた所以を残す門になります。

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