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2004.12.28

台東リバーサイドスポーツセンター

2004.12.28river side sports center2(写真をクリックすると大きくなります)
明日と明後日、山谷労働者への越年相談が行われる、台東リバーサイドスポーツセンターです。白いテントは越年相談の待合所等です。今日のお昼に行って来ました。東京都(山谷対策課)の職員が準備に追われていました。越年相談についてはここをクリックしてみて下さい。昨年のものですが概要が分かります。

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2004.12.27

今戸焼き招き猫

imadoyaki-manekineko(写真をクリックすると大きくなります)
今戸神社の本殿です。中に今戸焼の招き猫が2匹。
「今戸焼とは現在の台東区今戸の地で焼かれてきた日用品の土器類・土人形類のことで、かつては江戸を代表する焼き物として繁栄していた。」(台東区教育委員会の掲示板)
境内には「今戸焼発祥の地」の碑があります。隣には「沖田総司終焉の地」の碑が並んでいます。
明後日から「山谷労働者に対する越年宿泊相談」を行う台東区リバーサイドスポーツセンターはこの神社の近くです。
台東区今戸は旧山谷地域の南側に接しています。隅田川から吉原に通じていた山谷堀がありました。山谷堀は今は埋め立てられて山谷堀公園になっています。
今戸神社のホームページはここをクリックしてみて下さい。
越年宿泊相談についてはここをクリックしてみて下さい。昨年のものですが概要を知ることができます。
センターのホームページのTOPICSに越年宿泊の事前相談について掲載してあります。

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2004.12.22

山谷のクリスマス

santa2(写真をクリックすると大きくなります)
明後日はクリスマスイブ。山谷地域のクリスマスを探してみましたが、なかなか見つかりません。いろは通りや日の出会通りなどの商店街も、クリスマスソングは流れていますが、デコレーションがほとんど無いので絵になりません。やっと、清川2丁目で庭を飾り付け中の女性を見つけました。撮影をお願いしたら、「もっと素晴らしいお宅があるわよ」と、教えていただいて撮ったのが、この写真です。玉姫稲荷神社の少し先の家です。
門の方にも電飾やサンタクロースやポインセチアが飾ってあります。

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2004.12.21

娯楽室

2004.12.21gorakushitsu-narabi2(写真をクリックすると大きくなります)今朝の8時半頃、城北労働・福祉センター娯楽室が開くのを待っている方々です。8時45分に娯楽室が開きます。今朝の入室人数は124人でした。寒さが厳しくなっていくと朝並んでいる方も増えてきます。娯楽室のことをもっと詳しく知りたい方はここをクリックして下さい。

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2004.12.20

屋台

2004.12.20yatai4(写真をクリックすると大きくなります)台東区清川1丁目の石浜公園の前に屋台があったので、写真を撮らせてもらいました。撮影のお願いをしたら、ふたを開けておでんが見えるようにしてくれました。お酒は飲ませないので、お総菜に買ってもらっている、とのこと。冬でも夏でも清川あたりを回っているそうです。

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2004.12.17

羽子板市

hagoita-ichi5hagoita-ichi4今日から羽子板市。昼休みに浅草まで足をのばしました。(写真をクリックすると大きくなります)

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2004.12.16

浪花家

taiyakiya1
南千住駅の近くにある鯛焼き屋さん。私が今まで食べた中では一番美味しいです。皮が薄くてパリッとしています。麻布十番にある浪花家の流れをくんでいると、以前は屋上に横断幕が張ってあったように思うのですが。
ネットを見ると麻布十番の浪花家は超有名で、ここのたいやきが「およげ!たいやきくん」のモデルになったそうです。ここをクリックすると浪花家を紹介しているサイトに飛びます。

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2004.12.15

赤穂浪士と回向院

jobanlineekoin常磐線と回向院の写真です。右端が回向院。常磐線は筑波エクスプレスの工事中で、ガードとその左の建物は新しく造られたものです。このガードをくぐって行くと、泪橋交差点の方へ行きます。
ところで、昨日は赤穂浪士討ち入りの日。山谷との関わりはないか調べてみたら、「吉良邸を出たあと、一行は回向院へ向かいました。しかし、かかわりあいになるのを恐れたらしく、回向院は入門時間でないことを理由に門を堅く閉ざしていたようです。」という記事がありました。でも、この回向院は本所回向院でした。
小塚原回向院は「本所回向院の住職弟誉義観が寛文7年(1667)に、行路病死者や刑死者の供養のために開いた(荒川区教育委員会の説明版)」ものです。「安政の大獄により刑死した橋本左内・吉田松陰・頼三樹三郎ら多くの志士たちが葬られている。明和8年(1771)蘭学者杉田玄白・中川淳庵・前野良沢らが、小塚原で刑死者の解剖に立ち合った。後に『解体新書』を翻訳し、日本医学史上に大きな功績を残したことを記念して、大正11年に観臓記念碑が建立された。(同上)」ということです。
城北労働・福祉センターのホームページのスライドショーの最後にも回向院の写真があります。ここをくりっくすると見られます。

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2004.12.14

空き缶集め

akikann-atume2先日、泪橋交差点で空き缶集めをしている方に出会いました。(写真をクリックするとおおきくなります。)センターの周辺でも、時々、空き缶集めをしている人を見かけます。
空き缶集めでネットを検索したら、毎日新聞の記事がヒットしました。空き缶集めをしていたホームレスの男性が亡くなり、その方の周辺を取材したものです。ここをクリックすると飛びます。

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2004.12.13

老人ホーム

senjuen1写真は明治通り、右側の夕日に光っている建物が養護老人ホーム「千寿苑」です。(写真をクリックすると大きくなります。)

山谷年表を作成するためにインターネットを見ていたら養護老人ホーム「千寿苑」が載っているサイトに当たりました。ここをクリックするとそのサイトに飛びます。「
「千寿苑」は2002年4月に開設しました。明治通沿いで、泪橋交差点から一つ目の角あります。明治通りをはさんで向かい側は簡易宿所の多い台東区清川2丁目。千寿苑の向かい側に並ぶビルは簡易宿所です。
平成15年の調査では、簡易宿所宿泊者の平均年齢は62.5歳、宿泊者の65.2%が60歳以上です。超高齢化している山谷労働者の老後を支える取組が迫られています。

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2004.12.10

ホームレス実態調査補助員をホームレスが

tyousain-bosyu-poster1

ホームレス実態調査の調査補助員募集のポスターです。「NPO自立支援センターふるさとの会」が募集しました。
①日給9,000円 ②仕事はアンケート調査補助員 ③対象が、失業中で墨田区近辺の方 という内容です。失業中という条件が面白い。
問い合わせたところ、16人の方が採用され、皆さんテント生活の方とのこと。
ふるさとの会には「ホームヘルパーになったホームレス」としてマスコミに報道された元日雇労働者の方がいます。現在は体調を崩されていると聞きましたが、ふるさとの会の援助でホームヘルパーの資格を取った方がその後も続いています。いろは会商店街にヘルパーステーションを開いて、働く場所も確保しています。
ホームレスのために仕事を作っていこうという姿勢で頑張っているようです。
ところで、城北労働・福祉センターの日雇労働者技能講習でヘルパー2級を目指している5人の方も頑張っています。スクーリングの4回目を終えて、施設での実習に入る方がトップを走っています。

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2004.12.09

ビジネスホテル化した簡易宿所

hotel-marutyu2

最近出来た簡易宿所の案内です。荒川区南千住3丁目にあります。南千住駅から泪橋交差点へ行く途中です。
山谷の簡易宿所には外国人パックパッカーが大勢来ますが、日本人のビジネス客などはその3倍来るそうです。地域連絡会で、城北旅館組合の方が教えてくれました。女性専用の簡易宿所も出来ました。
ところで、旅館業法ではホテル・旅館・簡易宿所が分かれています。多くの民宿や山小屋も簡易宿所です。

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2004.12.08

路上生活者緊急一時保護センター「荒川寮」

2004.12.8arakawaryo.JPG
路上生活者緊急一時保護センター「荒川寮」が建設中です。
場所は荒川区内、明治通沿い、白鬚橋の袂です。石浜神社へ曲がる角です。工事の予定は来年の1月まで。
ホームレス自立支援システムについてはここをクリックしてみて下さい。
緊急一時保護センター「江戸川寮」についてはここをクリックしてみて下さい。
緊急一時保護センター「板橋寮」についてはここをクリックしてみて下さい。
緊急一時保護センター「大田寮」についてはここをクリックしてみて下さい。

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2004.12.07

駿馬塚

syunme-duka.JPG

台東区東浅草2丁目の民家の間にある駿馬塚。
「源義家が陸奥に向かう際、この地で愛馬「青海原」が絶命し、これを葬った所と伝えている。・・・・・現在、付近の人々はこの塚を「馬頭観音」と呼び、覆屋等を設けて大切に守っている。(台東区教育委員会の説明版)」
この塚のことは下のサイトで知りました。吉野通りは昔は日光街道だったようで、「日光街道(日帰り)夫婦旅」という題がついています。下をクリックしてみて下さい。
http://homepage3.nifty.com/yajjijji/nikkoukaidou/nikkou1/nikkou1.htm

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2004.12.06

横浜・寿のNPO

「さなぎ達通信 Vol.1」が送られてきました。
早速、さなぎ達のホームページをのぞいてみると、「NPO(特定非営利活動法人)『さなぎ達』は、横浜の寿町で路上生活者、および、それに至る恐れのある人々が「自立自援」できるようにすることを目的として活動しています。」と書かれています。
さなぎ達に関する新聞報道のページでは、「横浜市中区の寿地区近くに1日、新しい病院「ポーラのクリニック」が開院した。総合病院の循環器内科部長だった山中修さん(50)が、日雇い労働者が多く暮らす寿地区の結核や孤独死をなくそうと設立した。「あたたかみのある医療で地域に貢献したい」と抱負を語った。(12.2毎日新聞)」などが掲載されています。

ここをクリックするとNPO「さなぎ達」のホームページへ飛びます。

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2004.12.03

平成6年の泪橋

namidabashi-H6.jpg
十年前の泪橋の写真が、山谷労働センターの記念誌「30年のあゆみ」に載っていました。カラーでないのが残念ですが・・・
写真の右端の建物が世界本店という酒屋。コップ酒も飲むことができましたが、平成12年2月にセブンイレブンになりました。
山谷労働センター「30年のあゆみ」は右のサイドバーにあるマイフォトでも見られます。

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2004.12.02

ヤフーBBマガジンの取材

YahooBBmagazine.jpg

昨日、ヤフーBBマガジンの方が取材に来ました。日雇労働者のパソコン講習の記事を朝日新聞かAsahi.comで見て、関心を持っていただいたようです。記事は18日発売の号に掲載される予定です。

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